ウェルカム通信|6号 発達ゲイ会

今回のテーマ:居場所・日常の工夫・恋愛感情について

今回の発達ゲイ会も、いつものように3部構成で行いました。
1部では近況や居場所の話、2部では日々を乗り切る工夫やAIとの付き合い方、3部では職場での恋愛感情や「好き」の扱い方について、率直な言葉が交わされました。

発達特性のこと、セクシュアリティのこと、その両方が関わる生きづらさは、ひとつの言葉ではまとめきれません。今回も、「わかってもらいにくさ」や「他人とズレる感覚」、そしてそれでも何とか日々を回そうとする工夫が、それぞれの立場から語られました。

 

1部:居場所や人間関係について

1部では、まず参加者それぞれの近況や、人とのつながりについての話が出ました。

ある参加者からは、「セクマイの友達がいない」という話がありました。発達特性については周囲に何となく伝わっているように感じる一方で、メンタルクリニックの主治医には自分がゲイであることを話しているとのことでした。発達特性は表に出やすくても、セクシュアリティについては打ち明ける相手が限られるという、二重の扱いにくさがにじむ話でした。

別の参加者からは、最近あまり活動ができていないことや、職場の同僚とうまく会話ができず、人間関係に難しさを感じているという声がありました。仕事の中で毎日顔を合わせる相手だからこそ、話せないことがそのまましんどさになる、という感覚が共有されました。

また、30代に入ってから交友関係が先細りしてきたと感じている参加者もいました。ここしばらく体調もあまり良くなく、以前は自分のしんどさを「ASDの特性が強いからだ」と思い込んでいたものの、実際にはパニック障害が背景にあったらしい、と整理し直している最中だという話もありました。特性だと思っていたものが、別の不調や症状と重なっていたという気づきは、多くの人にとっても考えさせられる話でした。

今回は、定型発達・異性愛者の立場から参加した方の発言も印象的でした。同年代の人たちの気持ちがわからず、ライフステージが噛み合わないことがつらいという話がありました。結婚や子育てなどを前提にした会話の中で、話題そのものに入りづらく、結果として孤立しがちになるという悩みでした。特に「ノンケの50代男性はもともと会話量が少なく、より孤立しやすいのではないか」という見立ても出され、セクシュアリティや発達特性とは別の角度からも、「周囲と噛み合わない」という感覚が共有されました。

1部全体を通して見えてきたのは、「発達」と「セクシャリティ」の両方を安心して話せる相手や場の少なさでした。誰かに話せている部分と、話せずに抱えたままになっている部分が、人によって違う形で存在していることが印象に残りました。

  

2部:日々を乗り切る工夫、AIとの付き合い方

2部では、生活をどう回しているか、しんどさをどう整理しているか、かなり具体的な工夫の話が出ました。

最初に話題になったのは、AIの使い方でした。
愚痴や気持ちの整理をAIに向けて行っている、という声があり、「人間相手と違って、AIは勝手にブレないので助かる」という意見が出ました。話を途中で否定されたり、余計な感情が入ったりしないため、一定の距離感で使えることに安心感があるようでした。一方で、AIのハルシネーションが気になるという補足もあり、便利さと不安の両方があることも共有されました。

また、自分のことをNotebookLMに書き込み、それを動画のような形で解説させているという使い方も紹介されました。自分の状態や考えを外に出して整理する道具としてAIを使うという実践は、今後もこの会らしい話題になっていきそうです。

さらに、解離性障害とADHDの特性の出方が、根本的には違っていても外から見た現れ方が似ているのではないか、という話も出ました。違いを特性だけで分解しづらく、本人も周囲も混乱しやすいという問題意識が語られました。診断名やラベルだけでは切り分けられないしんどさがある、という実感のこもった話でした。

日常生活の中の具体的なしんどさとしては、「電車の待ち時間や遅延が許せない」という話も印象的でした。時刻表通りに来ないことがパニックにつながり、たとえ数分のズレでも我慢できないという感覚は、単に「せっかち」で片付けられない切実さを伴っていました。

対人関係の工夫としては、ノンケとの会話に困らないために、普段から会話パターンを覚えておき、傾向を整理してストックしておくという話も出ました。たとえば子どもの話題や家庭の悩みなど、自分からは自然に出にくい話題についても、事前に「こういう悩みが多そう」という引き出しを持っておくことで、なんとか会話を乗り切るというものです。自然体というよりも、かなり意識的に会話を組み立てていることが見えてきました。

また、イライラすることがあっても、表には出さず、心の中で相手を“ぶん殴る”“ジャーマンスープレックスする”くらいのイメージでやり過ごす、という半ば冗談めかした話もありました。笑いを交えつつも、感情を外にぶつけずに処理するための、自分なりの内的対処として語られていました。

依存の話も出ました。
よくないことだと理解していても、つい酒に頼ってしまうことがある、という率直な声に対して、「発達民はみんな何かしら依存先を持っているのではないか」という共感もありました。依存を肯定するというより、何かに寄りかからずには回らない日々がある、という現実が共有された場面でした。

仕事や作業の進め方については、「ルーチン化させること」が大事だという話がありました。共同作業は苦手で、相手とのタイミングが測れない。報連相のタイミングもわからず、気を使えば使うほどズレてしまって、かえって仕事ができなくなる。だから、一人でやったほうが早いし楽だ、という意見も出ました。発達特性のある人にとって、“協力”が必ずしも負担軽減にはならないことがよくわかる話でした。

通勤についても、単純な速さではなく、「心の余裕がある方を選ぶ」という工夫が紹介されました。たとえば、激混みの快速に乗るより、少し時間がかかっても空いている各駅停車を選んだほうが、結果として通勤全体が楽になるというものです。時間効率ではなく心理的な合理性を優先する、という考え方には共感する人も多くいました。

最後に、自分の行動を肯定するために、因果関係や原因を逆から考えたり、前向きな意味づけをしたり、自分に優しくするよう意識している、という話も出ました。反省や自己否定に引っ張られすぎるのではなく、「それでもこれでよかった」と少しでも思えるように、自分の中の説明を組み替える。その作業自体が、生き延びるための工夫なのだと感じられました。

2部は全体として、日々のしんどさを単に吐き出すだけでなく、「どうやって自分を壊さずにやり過ごすか」という生活知が多く出た時間でした。

  

3部:職場での恋愛感情、「好き」をどう扱うか

3部では、同僚への恋愛感情についての話が中心になりました。

ある参加者から、職場の同僚に恋をしてしまい、どうしても気にしてしまうという話がありました。ただ、その「好き」をそのまま出すことはできないため、「キャラが好き」と言って方向をごまかしたり、本気の恋愛感情を「推し」に変換しようとしたりしている、という話が出ました。感情そのものをなくすのではなく、扱いやすい形に言い換えて保とうとしている様子が印象的でした。

また、二次元のキャラクターに気持ちを向けることで、現実のしんどさをずらそうとする話も出ました。それもまた「推し」に変える作業なのかもしれない、という言葉があり、恋愛感情と“推し”の境界を行き来しながら、自分の感情を何とか管理しようとしている様子がうかがえました。

さらに深かったのは、「どうしても職場にいるゲイの相手に対して、自分も同じゲイだからわかると伝えたい」という気持ちについての話でした。しかし、それを伝えることは、カムアウトにもアウティングにもつながり得るため、結局誰にも言えずに抱え込んでいるとのことでした。相手を理解したい、通じ合いたいという気持ちがあっても、それを表現する手段そのものが大きなリスクを伴ってしまう。このテーマは、発達特性とはまた別の意味で、セクシュアルマイノリティが日常で抱える緊張をよく表していました。

3部では、単なる恋愛相談というより、「好き」という感情を安全な形に変換しながら生きること、そして言いたくても言えないことをどう抱えるか、という深い話が交わされました。

    

おわり

今回の発達ゲイ会では、居場所の少なさ、人間関係の噛み合わなさ、日常を回すための工夫、そして恋愛感情の扱いにくさまで、幅広い話題が出ました。
発達特性とセクシュアリティ、そのどちらか一方だけでは説明しきれないしんどさがあり、その一方で、それぞれが自分なりの工夫や距離の取り方を見つけながら暮らしていることも見えてきました。

誰かにうまく説明できないこと、一般的な相談の場では話しづらいこと、言葉にするとかえって危うくなること。そうしたものを持ち寄ってもよい場として、この会が少しずつ機能しているのだと、あらためて感じる時間になりました。