ウェルカム通信|8号 発達ゲイ会

4/11発達ゲイ会

発達ゲイ会 活動報告

季節のゆらぎ、人間関係の距離感、そして「友人」の定義について

今回も3部構成で、自己紹介から始まり、友人関係や居場所の探し方、そして「友人とは何か」という感覚の違いまで、かなり幅広い話題が交わされました。
発達特性とセクシュアリティの両方を抱える中で、日々の生活のしんどさや、人との距離感の難しさが、それぞれの実感を伴って語られた回でした。

1部 季節の変化と不注意、生活の中で起きる「やらかし」

1部では、自己紹介を交えながら、季節の変わり目や年度の切り替わりの時期に起こりやすい不調やミスについて話しました。

「この時期は特に物をなくしやすい」「イヤホンや小物を何度も見失ってしまう」「病院に行くたびに必要なものを忘れる」といった声があり、不注意や忘れ物が体調や忙しさと強く結びついている実感が共有されました。
職場の鍵をなくしてしまい、帰宅後に気づいて強いパニックになった経験や、多忙さの中でなんとか仕事は終えたものの、その反動で休日は何もできなくなってしまったという話も出ました。

また、長いあいだ自分はHSPだと思っていたけれど、検査を経てASDだとわかったという声もあり、自分自身の特性の理解が後から追いついてくることもある、という話題にもつながりました。
「行きたい気持ちはあるのに、二次会のような場になると急に参加のハードルが高くなる」という話も印象的で、人とつながりたい気持ちと、実際にその場に入っていくことの困難さの両方が語られました。

発達特性は、日常の小さなミスとして現れることもあれば、仕事や対人関係の場面で大きな疲労や混乱につながることもあります。1部では、そうした「外からは見えにくいしんどさ」を、それぞれが持ち寄る時間になりました。

2部 少人数の安心感と、大人数の気楽さのあいだで

2部では、友人関係や居場所の作り方について話しました。
全体としては「大人数より少人数のほうが楽」という声が多くありましたが、一方で「少人数だからこその居づらさ」もある、という複雑な感覚が共有されました。

少人数だと会話はしやすいけれど、そのぶん自分に向けられる視線や役割が重く感じられる。逆に大人数の場では、発言のハードルは上がるものの、ただその場にいるだけで済む気楽さもある。
この「少人数の安心感」と「大人数の気楽さ」が、単純には割り切れないという話は、多くの人に共通する実感として出てきました。

また、「友達そのものが欲しかったというより、自分の中にある“概念”や“本質”的な話をできる相手が欲しかっただけかもしれない」という言葉もありました。
他人には伝わりにくい感覚や考えを話せる場が少なく、その一部を今はAIが担っている、という話も出てきました。人とのつながりを求めているようでいて、実際には“理解されにくい話を安心して出せる場”を求めているのかもしれない、という視点は印象的でした。

年齢とともに交友関係の広げ方が変わってきた、という話題もありました。
20代の頃は広くつながろうとしていたけれど、30代になると「無理に広げなくていい」「認知や感覚が近い人と深くつながれれば十分」と感じるようになったという声がありました。会話のノイズが少ない相手に惹かれるようになった、という表現もあり、年齢や経験の積み重ねとともに、人付き合いの基準そのものが変化していくことがうかがえました。

さらに、4人以上の会話になると話のパスを出しづらい、飲み会などで話し相手が急に別の会話へ流れてしまうと「はしごを外された」ように感じる、といった具体的な苦しさも共有されました。
人によって「使っている言語が違うように感じる」という表現もあり、会話が成立しないのは能力の問題というより、前提や感覚のズレが大きいからだ、という理解も示されました。そのうえで、「最初から、完全にはわかり合えないことを前提にしたほうが楽かもしれない」という意見も出ました。

一方で、言葉を介さなくても一緒にいられる場の大切さも話題になりました。
たとえばバドミントンのように、共通の作業や動きを通して同じ空間を過ごせる関係は、言語中心のコミュニケーションよりも楽な場合がある、という声がありました。特にペアを組むと相性も見えやすく、関係の作り方として有効ではないか、という意見もありました。

「自分の居場所を探し続けている」「仕事で疲れきってしまい、交友関係を広げる余力がない」「コミュニティで否定されてしんどくなる」「アプリで嫌な思いをしてしまう」といった話もあり、居場所の問題は単なる出会いの不足ではなく、安心して居続けられる場所の少なさにあることが改めて感じられました。

3部 「友人」とは何か、相手との距離をどう決めるか

3部では、友人関係を長く続けるうえでの感覚の違いや、相手との距離の取り方について話しました。

まず印象的だったのは、「友人」という言葉の定義が人によってかなり違う、という点でした。
自分がそう思えば相手は友人だと考える人もいれば、相手からも友人と思われてはじめて友人だと感じる人もいる。自分の基準で関係を決める人もいれば、相手の認識に委ねる人もいる。
同じ「友達」という言葉を使っていても、その中身はかなりばらついていることがわかりました。

また、「自分の仕事が誰かの役に立っている実感が持ちにくい」「数字だけ見ても、自分の仕事の意味が見えづらい」といった、仕事と自己評価にまつわる話も出ました。
人間関係の話題から少し広がりつつも、「自分が社会や他者とどうつながっているか」という感覚の問題として、自然につながる内容だったように思います。

セクシュアリティに関しては、「2年前に自分がゲイだと気づいたが、それまでノンケとして付き合ってきた友人たちと今後どう接していけばいいのか迷う」という声もありました。
特に女友達に対して、誤解を生まないか、今までの距離感をどう捉え直せばいいのか、という戸惑いが語られました。

さらに、連絡先や人間関係を「友人」「仕事相手」などとラベリングして整理するかどうかについても話が出ました。
20代の頃は強く分類していたけれど、30代になってからは、そこまで細かく分けること自体が面倒になってきたという声もあり、人間関係を整理する方法も年齢や経験によって変化していくことが見えてきました。

最後には、メンタルが大きく乱れた時期があっても、そこから少しずつ回復し、自分なりのしなやかさを取り戻してきた、という話も共有されました。
うまくいく方法が簡単に見つかるわけではなくても、揺れながら持ち直していく感覚そのものが、今回の会のひとつの大きなテーマだったように思います。

おわりに

今回の会では、「友達を増やすにはどうしたらいいか」という単純な話には収まらず、そもそも自分にとって居心地のいい人数とは何か、理解し合えるとはどういうことか、そして“友人”という言葉を自分はどう使っているのか、といった、より深いところまで話が広がりました。

発達特性やセクシュアリティの話は、ひとつのラベルで説明しきれるものではなく、その時の体調や年齢、生活状況によっても感じ方が変わります。
だからこそ、結論を急がず、それぞれの実感を持ち寄れる場の大切さを改めて感じる時間になりました。

次回の発達ゲイ会は5月9日(土曜)開催です。

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